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東京地方裁判所 昭和49年(レ)133号 判決 1975年9月22日

控訴人 日本シルク株式会社

被控訴人 原田栄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和四八年八月二日から右明渡済みに至るまで一か月金六万五〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は、第一・第二審共被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)は、控訴人の所有であるところ、被控訴人は、昭和四八年八月二日以降本件建物を占有している。

2  本件建物の賃料は、一か月金六万五〇〇〇円が相当である。

よつて、控訴人は、被控訴人に対し、所有権に基づき本件建物の明渡を求めるとともに、昭和四八年八月二日から右明渡済みに至るまで一か月金六万五〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項は認める。

2  同第2項は否認する。

三  抗弁

本件建物は、訴外大都リツチランド株式会社(以下訴外会社という。)が控訴人から訴外会社職員の社宅として賃借したものであり、被控訴人は、訴外会社の専務取締役であつて同社から本件建物を社宅として供与を受けて使用しているものである。

四  抗弁に対する認否

すべて認める。

五  再抗弁

1  控訴人と訴外会社との本件建物の賃貸借契約(以下本件賃貸借契約という。)には、期間満了後更新する際は、訴外会社は控訴人に対し、一か月分の賃料相当額を更新料として支払う旨の合意があつた。

2  右賃貸借の期間は昭和四八年三月三一日満了し、本件賃貸借契約は翌日から更新された。

3  控訴人は、訴外会社に対し、第1項の約定に基づく更新料の支払を、昭和四八年四月一一日および同年六月二八日到達の各書面で催告し、かつ相当期間経過後である昭和四八年八月一日到達の書面で訴外会社に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(一) 右更新料支払の合意は、更新料支払義務の発生を賃貸借契約の更新にかからしめるものであつて、借家法のいわゆる法定更新を更新料の支払にかからしめるものではないから、同法第一条の二、第二条に反する特約ではなく、また本件のようにその額が家賃一か月分相当である場合には、右合意によつて事実上法定更新を困難にすることもないから、借家法第六条に該当する特約ではない。

(二) 更新料支払の合意は、その名称にかかわらず、法的には賃料の前払の合意である。

(三) 更新料支払の合意が賃料前払の合意でないとすれば、右合意は、賃貸人の更新拒絶権または解約申入権の放棄に対する対価の支払を約する合意と解すべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1および抗弁・再抗弁事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件の争点である建物賃貸借契約における更新料支払の合意の法的性格と右更新料不払を理由とする解除の効力について判断する。

1  更新料支払特約の法的性格について

近時、東京都内において、建物の賃貸借契約の締結に際し、将来契約が更新される場合更新料として何か月かの賃料相当額の金員を支払う旨合意される事例が必ずしも少なくないことは、当裁判所には職務上顕著である。

そして成立に争いのない甲第五号証(賃貸借契約書)には、「期間満了により契約を更新する場合、乙は更新料として家賃一か月分に相当する金員を甲に支払うものとする。」との記載があるので、本件更新料支払の合意の性質も右に述べた都内の諸事例と同様であるとみてよいであろう。

このような更新料支払の合意は、他にこれを妨げる特段の約定がない限り、期間満了時において賃貸人が賃借人に対し、合意した一定額を受領し契約を更新する旨の意思表示をした場合には、それまでと同一の契約内容(期間の点も含む。)で賃貸借契約が新規に成立する(合意更新)が、同時に賃借人には約定の賃料とは別に賃料(物件使用の対価という意味での)の前払として当該一定額を支払う義務が発生する、とする趣旨の合意と解するのが相当である。

更新料支払の合意を右のように解する場合には、賃貸人の意思表示により賃借人に更新料支払の義務を生じることが借家法第六条に反しないかが問題となるが、賃借人の立場からすれば、約定更新料を弁済提供すれば、更新前の契約と同じ賃借期間が確保されることとなるのであるから、法定更新される場合と比較して一方的に賃借人に不利な特約とは言えず、従つて更新料の額が一、二か月の賃料相当額である限り実質的に借家法第六条を潜脱するための特約とは言えない。

そこで本件についてみるに、前記のように本件更新料は一か月の賃料相当額であるから、訴外会社がその支払義務を負担することにより実質的に更新を困難にする特約とは認められない。そして、前記のとおり控訴人は訴外会社に対し右更新料の支払を催告したのであるが、これは本件賃貸借を更新する旨の意思表示と解することができるから、本件賃貸借契約は合意更新され、訴外会社は一か月の賃料に相当する更新料の支払義務を負つたことになる。

2  解除の効力について

前記のように控訴人は訴外会社に対し、右更新料の不払を理由として解除の意思表示をしているが、右更新料は賃料一か月相当の少額であり、また弁論の全趣旨によれば、本件における被控訴人の主張は、更新料の法的性質に関する見解から支払義務を否定するのを主眼とし、従つて、もし更新料が賃料の前払であり、訴外会社にその支払義務のあることが裁判所により明確にされた場合には訴外会社においてこれを支払う意思を有するものと認められるので、右更新料の不払から直ちに当事者間の信頼関係が破壊されたとすることはできず、控訴人主張のように二回にわたつて催告がなされたとしても、なお、本件での、更新料の不払のみを理由とする解除は、信義則に反し無効である。

三  以上説示のとおりであるから、控訴人の請求は理由がなく、理由は異なるが控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由なきに帰する。よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 並木茂 岡久幸治)

(別紙)物件目録<省略>

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